episode1 "北極星"と名付けられた犬

 

それは、しとしとと雨が降っている日の事でした。

私は、知人から小さな命を譲り受けました。

 

中学生になってから、娘が反抗期に突入したのか、難しい年齢になったのか、急に家族に対してふてぶてしい態度を取るようになりました。

しかも、学校から何回か呼び出され、校則違反を犯したり友人とのトラブルに巻き込まれたりしているようで、親としてはとても心配でした。

 

娘は動物が大好きでした。小学生の頃には、よく「犬を飼いたい」と言っていたのですが、私たち夫婦は共働きだった事もあり娘の要望を飲めずにいました。

 

そんな娘が荒れてしまい、私たち夫婦は頭を悩ませていました。小学生の頃の優しい娘に戻ってほしいと切に願っていました。

主人の「犬、飼ってみるか」というひと言が、私の心に響きました。そうだ、あれほど飼いたがっていた犬を飼えば、娘も変わるかもしれない、そう思ったのです。

 

そして私たちは知人のもとに生まれた子犬を譲ってもらう事にしたのです。

可愛らしいロングコートチワワでした。黒と白がマーブルのように混ざり、真ん丸な目が純粋に輝き、小さな尻尾を振る姿は、見ているだけで笑顔になってしまうような、癒しの効果を持っていました。

 

連れ帰ったチワワを見た娘は、驚いていました。

「父さんのお友達が里親を探していたから、譲ってもらったの。あんまりにも可愛くて」

私は娘にそう伝えました。

 

「名前は?」

娘はぶっきらぼうな声でそう聞いてきました。

 

「まだ決めてないよ。あんたが決める?」

そう言うと、何か考え込むようにじっと子犬を見つめた娘。

 

「ポラリス・・・」

娘は、そう呟きました。

 

「ポラリス?」

 

「北極星のこと」

 

「へぇ、良いんじゃないの」

 

 

娘が呟いた「ポラリス」という名前が、この子の名前になりました。

主人も「良いじゃないか」と言い、ポラリスを抱き上げ「じゃあ、今日がお前のうちの子記念日だな」と笑いかけました。

 

それから、我が家では娘の様子が少しずつ変わっていきました。

帰宅すると真っすぐにポラリスのもとへ駆け寄り、抱き上げ、撫でまわし、楽しそうにじゃれあうようになりました。家族の間でもポラリスの話題が多くのぼるようになり、会話が増えました。

共働きだった私たち夫婦は、よく娘にも散歩や餌やりを頼みました。そういった業務連絡も会話の糸口となりました。

 

こうして、家の中でほとんど口を開かなくなっていた娘は、次第にポラリスの事以外の、学校での話などを聞かせてくれるようになりました。

 

「いじめって、どう思う・・・?」

ある日、ポツリと娘が呟きました。

 

「え・・・?あんたまさか・・・?」

愕然とした私に、娘は慌てて「違う違う、私がいじめられるとかじゃないよ」と言い、その後、クラスにいじめがある事、どうにかしたいけれど下手に首を突っ込んで自分が標的になるのが怖い事、今まで学校で問題を起こしてしまったのも、クラスで色々あったからだという事、と堰を切ったように悩みを話してくれました。

 

「そんな事が・・・」

私は驚きました。娘は様々な問題を一人で抱え込んで闘ってきたのです。私は気付いてやれなかった自分を責めました。「話してくれてありがとう」としか言えなかった自分を情けなく思いました。

 

「ポラリスってさ、北極星って言ったでしょ。北極星はずっと北にいて、道に迷った旅人を導いてくれるんだって。私も道が分からなくなってたから、この子にポラリスって名前をつけて、いつか私を導いてほしいな、と思ってたんだ。おかげで、やっとお母さんに話せたよ。まず第一歩だよね。ポラリスには感謝しないと・・・」

 

私の方は見ずに、ポラリスを撫でながらそう言った娘。その眼差しには優しさと愛情が浮かんでいました。

 

娘は大丈夫だ。

私はその目を見て確信しました。

 

それから私たち家族は、娘の学校での悩みについて沢山話し合いました。

私たち両親の考えを娘に伝えられただけで、娘の中にも何か感じるものがあったようで、それからの娘の態度や表情が柔らかくなりました。

 

本当に、ポラリスが娘を、いや、私たち家族を導いてくれたようでした。

ポラリスがやってきてくれて本当に良かった。あのままでは、私たち家族の関係は良くならないどころか悪化していたかもしれません。ポラリスが我が家の北極星となり、道を示してくれたのです。

 

 

うちの子記念日普及協会

※この物語はフィクションです